名和 小太郎 先生講演 平成9年1月25日

著作権法のフレームワーク

 著作権法は変化している。新しい状況が起きるとそれに沿ってアドホック的に継ぎ足していく。全体からみると非常にバロック的構造である。
 法律は過去のシステムとのつながりを重視するので、そう言った意味では論理的な整合性は広域的ではなく、局所的になる。

歴史
<OHP1 著作権の歴史>
 世界の著作権の調和をとるベルヌ条約は19世紀末に締結されてから1世紀経つ、直近の改正は1971年でこの25年変動がなかった。1996年12月に改正が採択されたが批准はない。つまり、今の著作権法は25年前の状況に基づくものである。

<OHP2 著作権制度の理念>
 著作権法には2つの大きな流れがある。英米法と大陸法である。
 大陸法の方はフランス革命の後で定義された。それがベルヌ条約に引き継がれた。だから著作権というのは個人の天賦の権利であるという発想である。
 英米法の方は産業的な考え方で、個人にインセンチブを与えてそれを産業的に使うことが中心である。
 ベルヌ条約は大陸法を主体にしている。
 ところが、世界最大の情報の生産・流通・消費国であるアメリカがこれに加わっていなかった。ベルヌ条約があるにも関わらず、アメリカのデファクトスタンダードが非常に強力である状況がある。1886年ベルヌ条約が出来、現在130ヶ国加わっているが、アメリカはずっと加わらず1989年に加わった。つまり100年間デファクトスタンダードを通し続けた。皆さんご存知cマークはアメリカで仕事をする場合に必要だった。大陸法の国では必要なかった。

質問:自然人というのは何でしょうか。
答え:個人のことです。個人の著作物が対象だったわけです。ところが放送とか映画とかコンピュータプログラムは個人の著作物でなかったので、アメリカで制度がきちんと出来た。
 先ほどアドホックに変わってきたと言ったが、ベルヌ条約の方にもこれらが入ってきた。

<OHP3 著作権の歴史>
 歴史的にはベルヌ条約が締結された1886年時点に産業化されていた著作物がベルヌ条約の対象であった。1971年に出来たベルヌ条約が現在効力のあるベルヌ条約であるが、新しいコンピュータがらみの所は決まっていない。
 では先進國ではコンピュータプログラムは保護しないのかというとこれは保護している。

<OHP4 ベルヌ条約>
 先ほどにも述べたように天賦の権利なので、人間がチェックするのは具合が悪い。つまり、政府がチェックするのは具合が悪い。特許などはチェックするが、著作権の場合には審査して与えるわけではない。したがって出来た時点か社会に発表された時点で著作物となる。これはいかなる団体がオーソライズするものでもない。
 保護基準としてはベルヌ条約は守るべき最低基準である。プラスの部分は各国で決めてよいことになっている。日本やアメリカでは保護されている。従って、A国の著作物はB国に行ったときには自動的に著作物になるというのがベルヌ条約の考え方である。部分的に相互主義があるが、原則的には内国待遇と言うことになっている。相互主義の部分は例えば保護期間の部分50年とか言うところである。それ以外は内国民待遇である。

<OHP5 著作権と著作隣接権>
 著作権というのは著作権と著作隣接権がある。何が著作権で何が著作隣接権であるかというのは国によって違う。日本の場合には枠組では実演家とレコード会社と放送局の権利が著作隣接権でそれ以外は著作権となる。その分ける基準は音楽で言うと作曲家と作詞家は著作権だが、演奏家やレコード会社や放送局は著作隣接権という事になる。あるいはデストリビューションをして付加価値をつける人が著作者となる。理由は単純で、ベルヌ条約を作ったときにはレコードや放送はなかったので、また実演家は作詞家とか作曲家に比べ社会的な地位が低かったので入れてもらえなかった。つまり権益が取れなかった。後から参入して来た人達が隣接権という事で一段低い権利を与えられた。
 じゃ著作権とは何かというと複製権とかの著作権が9種類列挙されている。それ以外に二次加工する権利、つまり編曲とか翻訳する権利と編集著作権となっている。著作権の内容は2つに分かれている。人格権と財産権である。著作権の人格権は自然権から出ている。ヨーロッパでは自明のことだが著作物にベタッとくっついている。これは譲渡が出来ない権利である。一旦商取引した後でも、人格権を侵害しているという事で著作者から文句が出ることもある。
 例えば著作人格権には3つありまして、氏名表示権これは著作の中に自分の名前や匿名で出すと言うことは著作者にしかできないことである。それから同一性保持権と言って著作者の書いたものを勝手に変えては行けない。一方で編曲や翻訳が許されているのはなぜかというと理解しにくい。作者から許諾を受けてから翻訳などが出来る手順になる。従って一番問題になるのはパロディでパロディにするときには著作者は承諾しない。アメリカでは人格権はないので取引される。
 財としての著作権は上映などの権利がある。

<OHP6 著作物の定義>
 日本の著作権法では著作物は思想などの創作的な表現となっている。逆に言うと右に書いたようにものが著作物ではない。著作権の対象外である。最近議論になっているのはデータベースの著作権にである。創作的というとコピーでない事がミニマム必要。自分が作ったことであれば問題がないとされている。しかし、国によって異なりドイツではコンピュータプログラムの85%位は創作性がないとしている。  日本の特許ではアルゴリズムに近いものも認めている。また、工業デザインで問題となっているのはコンピュータアイコンは意匠の対象となるのかということである。意匠というのはものに伴っているデザインです。コンピュータのアイコンは電源を切ってしまうと消えてしまうので、コンピュータディスプレーにくっついているのでデザインではない。

<OHP7 私的使用の条件>
 著作権が制限されている場合がある。日本の場合には著作権法の30条に私的使用について書いてあるが、この3番はデジタルオーディオテープなどで、  私的使用の場合は勝手にコピーしていいことになっている。実は日本の場合、私的使用や学校での使用、図書館、行政や裁判所などでの使用など特別なものを沢山列挙して著作権を制限すると言っている。アメリカの場合公正使用と言うのがあって研究、報道、教育というものでは著作権を制限できる。ただ現実に裁判が起きるとその判断のための4条件というのがある。
 1番目は商業的な利用が多いか少ないか、商業的な利用が多ければ問題がある。
 2番目は創作性があるかどうか。逆に言うと事実が多ければコピーしてもよいことに傾く。
 3番目がコピーした部分の質と量である。コピーした量が多ければ著作権の侵害になるし、コピーが少なくても、本質的な部分がコピーされていれば著作権の侵害となる。
 4番目は実質的な市場を侵害したかどうかというような事が問題となる。
 学術情報ではないが、リリックな歌をラップミュージックとして利用した裁判があるが、その場合リリックなCDを聞く人と猥褻なCDを聞く人とは市場が違うから問題とはならないと言う判例が出ている。
 アメリカの方では非常に判断の基準がフレッキシブルで、技術屋はいいんじゃないかというが、法律家はけしからんという。法律家はあいまいな論理でもって判断されたら予測できないというわけです。日本の法律家は世界にもので細かく規定していると言うが、逆に言うと細かく規定しすぎて世の中が変わっても追従できない。

<OHP8 著作権侵害>
 著作権侵害と言うための条件について考えてみる。逆に著作権侵害でないと言うときのいいわけとしては、
 1、これは創作ではないと言う、これは事実だと。
 2、この著作にアクセスしていないと、つまり訴える方は相手がアクセスしたことを証明しなければならない。その証拠が必要になる、それを証明するために明らかな偽の電話番号などの情報を入れておく。あるいはプログラムでバグを入れておく。バグが見付かったならコピーしたことの証明にする。アメリカの場合にはヘッドハンティングが多いので、元社員が同じ様なプログラムを開発することをアクセスありとする。
 3、実質的な類似性という判断の基準だが、重ねてバッチリと言うことでなくても実質的な類似性があればコピーしたことになる。これには色々な論理がある。

<OHP9 著作権市場の変質>
 現行著作権法ではプライベートユースがは著作権の保護対象にならないので、著作物の市場での流通が関心の対象となる。伝統的な市場での著作権者は誰かというと出版社、放送局、映画会社であった。権利者としては出版社をコントロールすればあとは何とかなる。映画会社も現像所でコントロールできた。
 しかし、近い将来ネットワークを経由して情報が行き渡るようになるとエンドツーエンドで、著作物が行き渡ることになる。そうなると著作物の処理はエンドユーザーで止まらない。エンドユーザーが更に著作物をコピーして新たな著作物としてインターネットに載せると言うことになった。
 権利者の側から言うとプライベートユースというのは使えなくなった。むしろ公衆への伝達をコントロールしないとまずい。図のエンドユーザーが公衆への伝達をしているかもしれない。公衆概念というのは色々あるが、特定多数でも不特定多数でも公衆の概念にはいる。

質問:図にあるECMSとは何ですか。
答え:electric copyright management systemで電子的にカウントする仕組みである。例えばNTTでやっているダイヤルQ2の仕組みやデータベースサービスディストリビューターのお金を取り立てる仕組みのようなものである。

 日本の著作権の世界では著作権の管理では、著作者の権利と出版社の間に立ってゲートウェイ的や役割を果たす団体がある。日本音楽著作権協会のようなものがある。これは独禁法の適応除外である。同様の組織を市場の中で納得ずくでつくることが考えられている。場合によっては学会などがこのような役割をするのではないか。

 今までが現行著作権法の説明であった。

<OHP10 著作権の歴史>
 次に昨年の12月にまとまったベルヌ条約で何が変わったかについて紹介する。
 1971年に決まった後の変化が全く反映されていない。

<OHP11 著作権に関する条約の相互関係>
 今までのベルヌ条約の構図はどうかというと、先程述べたように著作権と著作隣接権がある。著作権はベルヌ条約で規定され、後から追加された著作隣接権はローマ条約で決まっている。ベルヌ条約は全会一致原則というのがある。130ヶ国あるのでデジタル技術が発達しているのはむしろ少数の国なので条約を変えたいと思っても大多数は反対する。それでなかなか変わらなかった。結局著作権の世界でなくてWTO/TRIPSで著作隣接権と著作権の国際条約が決まった。
 隣接権ではローマ条約がなかなか決まらず、特にレコードがビジネスに直結するので先に取り決めた。
 アメリカがイニシアチブをとっていて、アメリカがイニシアチブをとるということはつまり人格権がないということになる。人格権が無いと取引がしやすいという事になる。今度の改正案では著作権と著作隣接権とデータベースの部分をカバーする取り決めが提案された。
 実際には3つに分かれ、結局データベースの部分は審議未了になった。

<OHP12 新条約案の問題点>
 新条約で何が問題になったかというと、1、「複製の定義」と2、「通信の定義」と3、「複製の保護の解除」と4、「データベースの権利」の4点。結局1と4が決まらなかった。
 複製というのはどういうことかというと

<OHP13 複製権の定義>
 恒久的一時的を問わずあらゆる方法形式による直接的間接的複製を対象とする。但し、一時的複製については著作物を、、、複製権を制限できる。
 著作権審議会ではコンテンツを作っている人間と我々ユーザー側が対立した。一時的が問題となった。例えばブラウザーなども一時的複製か。ネットワークのなかをパケットが通るときにも複製なのか。それでは通信など出来ないということになる。日本以外は一時的な複製を複製と認めている(日本は認めていない)。
 また、条件を付けるかつけないかが問題となった。日本だけが条件を付けても外国からうんといわなければ、ネットワークにつながっているから日本の秩序を海外に輸出するわけに行かない。国際的な調和からどうかなと思っていたらこちらの方は意見がまとまらず、廃案になった。

<OHP14 「放送」と「インタラクティブ送信」の違い>
 通信について
 放送というのは一方に著作物がありこちらに受信機があって一方向的に著作物を利用する。
 データベースアクセスにおいて、リクエスト型の送信というものに送信権というものを設定した。
 これは外国にはなかった。しかしインターネット上にはこのような使い方は沢山ある。ヨーロッパでは貸与権つまりレンタルの権利がある。オンラインデータベースは端末にデータを送っても端末ではコピーさせないということからその権利はレンタル権と似ていると。アメリカではディストリビューションの権利つまり頒布権を適応しようとした。
 例えば本やCDの著作物の場合、著作者たる私が著作物を相手に売り渡すという事になると、そこで著作者の権利が処理される。従って、それを買った人が3番目の人に売るときには既に権利は処理されていると考えられる。これは従来のパッケージ型の商品の考え方である。
 つまりディストリビューションは初めに売ったときだけ権利が発生する。これに対して、ネットワークの場合ある人に売った場合でもこちらの手元にコピーが残っている。ものを渡すと全然無くなるのが、通信の場合には無くならない。つまり通信というのはディストリビューションではなくコピーではないか、これがベルヌ条約の伏線になっていて、それで公衆に対するコミュニケーションという概念に通信を入れてしまった。有線であろうと無線であろうと放送も含めてこの概念とすることで決着が付いた。

質問:放送とネットワークと一緒になるが、どの様にとらえればよいのでしょうか。
答え:放送というのが従来からあるが、それに通信を加えた形である。そこにネットワークが入る。

 現行の法律では、放送や通信というのはユーザーの方に情報を流す時点で発行されたとなるが、データベースの場合には全てのデータが出なければダメだとするとおかしな事になる。可能性として使える状況になった時点で公表されたと考えている。これを考えたのは日本法だけで、10年前にデータベースの著作権を検討したときに、アップロードされた時点で権利が発生するとしたらいいのではという話になった。その時にデータベースにのみにそういう権利を作った。

<OHP15 公衆への「インタラクティブ送信」に関する規定の整理について>
 現行著作権では、元のものをデジタル化するのは複製であると、それをアップロードして送ると。ベルヌ条約ではこれを含めて伝達権としている。日本のデータベースではデータベースについては同様のルールがあるが他の著作物についてはない。それで今度の国会で法律を変えて対応するようにする。

<OHP16 保護解除装置の禁止(新条約案)>
保護解除装置
 「保護解除装置の輸入・製造・頒布と同様の効果を持つものを違法とする」 「条約が防止または禁止するプロセスやシステムの回避を主たる目的とする全ての装置」 これで問題となるのはパソコンはどうなのかとパソコンは保護解除装置になるのではないかとも考えられる。しかし、パソコンは保護解除装置が主たる目的ではないだろうと言うことである。
 これについてはもっと制限を強くすべきだという意見もある。特にコンピュータ業界などが言っている。例えばコピープロテクトを破るソフトのコードが雑誌に載っている。その雑誌の出版は刑事罰にしたいという意見である。それはまた表現の自由の侵害ともなってくる。
 うっかりすると研究もできない。例えば暗号の研究については研究が保護解除になる可能性もある。
 無線の傍受は犯罪にならないそれとのバランスはどうなるのか。明らかに悪意を持ってコピープロテクトを解除するものを対象とする。このな文学的な表現を法律に書き換えるのは大変らしい。

<OHP17 データベース条約>
 データベースの話
 案では、
 「データベースのコンテンツの収集・組立・確認・組織化・提示において、実質的な投資をした全てのデータベースを保護する。」  「保護は、形式及び媒体のいかんを問わず、公衆の利用の有無を問わず、与えられる。」
 「保護は、データベースまたはそのコンテンツに対して、著作権または他の権利によって与えられた保護とは無関係に与えられる。」  となっている。
 その前に歴史があって、データベースを作るにあたり機械的に情報を自動的に検索などで自動収集して、データベースを作ると「創作性」の無いデータベースが沢山出来る。それで、アメリカの裁判でデータベースは著作性がないと言うことになった。そこで投資をしたデータベースにも権利保護が必要という事を言うために、議論した。ヨーロッパでは各国に調和させるためにこのようなルールを作った。

<OHP18 データベースの定義>
 データベースの定義は「組織的または順序立てられた方法で整えられており、電子的またはその他の方法によってここにアクセスでき、独立した著作物、データ、その他の素材に関する収集物。」
 電子的ばかりでなく紙ベースなどのあらゆる媒体のものが対象になっている。

<OHP19 実質的な投資>
 ここで問題となっている「実質的な投資」とは、「データベースコンテンツの収集・組立・確認・組織化・提示において、人間的、財務的、技術的、その他の資源について、質的、量的に重要な投資。」とかいてある。
 お金さえあれば、または努力さえすれば権利が発生するわけである。ここで考えておきたいのは前の資料に「著作権または他の権利によって与えられた保護とは無関係に与えられる。」とありこれは著作権とは別の権利であるとなる。著作権では創作性がないデータベースにも著作権とは別の新しい権利を作ってそれを与えるということである。

<OHP20 著作権における条約の相互関係>
 先ほどの資料で言えば一番下の右端にあるようにその他の権利として、新しい権利を作ろうとした。これがヨーロッパの中では通ったが国際条約としては通らなかった。この条約についてアメリカの科学アカデミーが大いに異論を唱えていた。データベースの作成は研究活動に問題があるのでというような事が書いてあった。

以上で講演終了
以後ディスカッション

質問:データベースで情報の利用はどこまで許されるのか。
答え:わからないです。
   どれくらいコピーしたら裁判となるかというと、

<OHP21 実質的侵害の例>
 裁判では1%の利用でも損害賠償の判決が出ている。
 商業データベースでは事業者ごとに決まっている。ケミカルアブストラクトでは2万件までダウウンロードしていいとかなっている。

質問:現在の方向では事実を説明した分は著作物になるか。
答え:小説と歴史を例に取ると歴史の方が事実の部分が多いのでコピー侵害と言われることは少ない。

質問:医学書などで風邪の症状でせき、鼻水、熱があると言う文章があると、このような文章は誰が書いても同じ様な文章になる。その部分はその本の一部として著作物と考えられるか。
答え:著作物ではあるが、著作物侵害として言うには言いにくい。法律屋の法律逐条解説というのもちかい。

質問:辞書などでここの記載には著作権はないが、全体として著作物として考えるか。
答え:ケースバイケースのようだ

質問:フェアユースの範囲がよくわからなくなる。学術情報の記述の場合に商業情報を利用する時にはどうなるか。
答え:一言ことわった方がいい。

質問:商業出版か学術出版かわからない事がよくある。
答え:市場に出るのならばまずいことになる。

質問:私的使用のことで言えば、大学などで論文をコピーするのは私的使用に当てはまるか。
答え:フォトコピーについては、日本複写権センターと言うのを作って、これは紙ベースのフォトコピーした時に著作権者に分配すると言うことをやる。各会社がコピーした雑誌のお金をカウントして払う。現実にはカウントできないので、研究者一人当たりいくらとして払う。図書館からも徴集する予定だが対立して未だに払っていない。図書館のほうは個人が自分のためにコピーするのであれば、本であれば半分まで、逐次刊行物であれば最新のもの以外1件となっている。
 お金がどうなるかというと著作権センターで学会などへ分配される。学協会著作権協会というのがある。250学会ほど参加している。

<OHP22 学協会誌複写権委託状況集計表>
アメリカではCCCコピーライトクリアリングセンターというのがある。

<OHP23 米国地球物理連合 vs テキサコ>
質問:テキサコ事件について
答え:アメリカの地球物理連合が雑誌を出している。ここがテキサコの研究者が雑誌をコピーしているこれはけしからん、お金を出して欲しい。テキサコの方は研究だからフェアユースにあたるという裁判である。これが面白いのは研究者全部当たると大変なので、ランダムサンプリングして一人の研究者を選び出し、その人の持っているコピーをチェックした。
 その人がある学術雑誌を8部コピーした。そのコピーが業務なのか公正使用なのか調査した。テキサコは雑誌をコピーせずに実験室に持ち込むと汚れると、これは通らなかった。それからテキサコの方は論文を学会発表していて研究していると主張した。これも通らなかった。
 それから学会誌にあるのはファクトであって表現ではない。これはそうだと。さらにコピーしているのは全体の4パーセントでたいしたこと無いと、さらに市場に与える影響については無いじゃないかと、しかも著作者に原稿料を払っていないじゃないかと、でもこれらは通らなかった。研究者といえど営利機関にいる人は著作権料を払わなくてはならない。この後CCCと契約する人が増えた。

質問:著作権の権利の譲渡の形態について、限定譲渡というのは可能だろうか。
答え:ある。CD-ROMだけとか雑誌だけとか。可能である。

質問:雑誌の投稿規定には著作権は出版社に帰属すると概説的にしか書いていないが、これは新しいメディア例えばCD-ROMやWebなどに移し変えるときには、本来はもう一度著作者の同意を得なければならないのか。
答え:そうです。大変なんです。今第2国会図書館を作って、電子図書館にするが、そこまで行くには著作権が大変。まず、明治時代の雑誌の電子化をしようとしたが、明治時代に書いた人が死んでから50年間は著作権をもつから、まだ著作権が切れていないものがある。10ー20年前にマイクロ化しようとしたときに、許諾をお願いしますとしたのだが、その時に電子化の方もお願いしますと言っておけばよかった。
 アメリカの出版社や学会の中には将来予想されるあらゆるメディアへの著作権を設定している。

質問:研究者個人がWEBに論文を載せるのは出版者に譲渡した著作権との間でトラブルになるのか。
答え:トラブルになるかもしれない。特にその情報を用いて別の紙メディアにでる可能性があればトラブルになる。国立研究所の人は少し別の問題がある。国立の研究機関の研究者の作ったプログラムなり著作物は誰のものかというと、著作物は国有財産になると書いてある。評価額を決めて手続きをとらなければならない。

質問:著作権が恐くていい情報が流通しにくい面があるがこれについてはどうか。
答え:そういう面はある。

質問:ルールを明示すればWEBに情報を流せるのか。
答え:大学なり学会なりでルールをきめる。出版社とは話し合いになると思う。現状はあいまいだ。出版者によって考え方も少し違う。雑誌が中心の出版社ではどうでもいい。医学図書出版ではコピー代をもらっても嫌だという。
(自分でWEBに載せるのであれば、投稿するときに出版社に意志表示すれば済むことではないか。そのためのひな形を作るのがいいのではないか。)

質問:コミュニケーションツーパブリックというのはなにか。
答え:言葉としてはそれだけしかない。公衆に対する伝達ということである。放送と言う概念をつくり出すときに提案された。(インターネット型のものも含まれる)

質問:データベースは著作権で保護されるとあるが
答え:データベースについてはそれぞれの国内法で対処してきて今回国際的な取り決めの提唱があった。また、EU指令では、著作性のあまりないデータベースについての権利を設定した。それは抽出利用の権利です。

質問:著作権を譲渡した相手が世の中に公開してくれる事を保証してくれる権利はないのか。
答え:出版社についてはある。3年間出版しなければ自動的に出版設定権は消滅する。

質問:一度出版したもので再版しないものではどうか。
答え:これもあてはまる。だから出版社は絶版とはなかなか言わない。品切れという。慣行では10年ぐらい出版しないと絶版となる。

質問:絶版と言うことは著作権の放棄と考えていいのか。
答え:そうです。著作者にもどる。

質問:学術出版の場合にはどう譲渡するのか。
答え:出版設定権がきちんとされていればそれで終わる。

質問:コンピュータプログラムのソースコードの移植の違法性について
答え:色々議論がある。リバースエンジニアリングの妥当性について日本ではいいがアメリカでは困るという。でも最近ではアメリカでも判例ではいいとなってきている。

以上。