医学出版の電子化の現況,課題,将来像

−マルチメディアと著作権処理−


南江堂 ニューメディア室
横井 信(Internet: myokoi@st.rim.or.jp)
(1996年11月28日)

本著作物は,出版・マルチメディア・医療にかかわる方々にお読みいただき,ご意見をいただくためにインターネットで公開しました.したがって,基本的には非商業的な利用を妨げるものではありませんが,ご利用の前に電子メールにて利用方法等についてご一報ください.Copyright (C) Makoto Yokoi,1996

はじめに

 多様な情報を扱い,迅速な情報交換を必要とする医学は,まさにマルチメディアやインターネットの特徴を活かせる分野である.テキスト・静止画・動画・音声に加えて,対話というインターフェースが可能なマルチメディアは,医学の教育や学習に効果的であり,インターネットを使えば,情報を個人間で交換するだけでなく,国境を越えて多人数に発信できる.このようにマルチメディアで情報を統合化でき,インターネットで情報を受発信できるのは,情報がデジタル化(電子化)されているからである.しかし一方,質を保持したまま容易に複製・改変が可能なデジタル情報の性質は,著作権処理の上で大きな課題をもたらしている.

 医学の分野でも,学術論文をはじめ,さまざまな情報のデジタル化が進んでいる.商業出版物も同様である.これらの情報は「著作物」である場合が多く,この「デジタル著作物」を新しいメディアへ正しく利用し,また利用されるためには,著作権の知識が不可欠なのは言うまでもない.インターネットで個人が情報を公衆に提示(すなわち公表)できる今,研究者(著作にかかわる者)一人一人が著作権処理についての論議に加わらなければならない時期ではないだろうか.

 本稿は,これからどのように医学のデジタル著作物を活かせばいいのだろうかという論議の材料を,出版社における著作権処理の観点から提供するものである.まず,医書出版社の電子化(電子出版)の現況を報告し,著作権処理を中心とした課題について述べる.次いで,出版者と著者が交わす契約において,それらの課題をどのように扱ったらいいのか考えてみたい.

 なお,「マルチメディア」とは,米国グリーンペーパーにしたがって,数種の異なる素材(テキスト,画像等)を単一の媒体(例えばCD-ROM)に組み込んだ情報のタイプ,「インターネット」はネットワークによる情報伝達の環境(メディアでもある),一般的な出版を業とする会社を指すときは「出版社」,契約上の対象としては出版社の代表である「出版者」,電子化とデジタル化は同じ意味で用いたが,出版に関連した記述では「電子化」とした.また,著作権は財産権の部分をさし,人格権の部分は著作者人格権と記述したが,ときには両者を含めて包括的に「著作権」という言葉を用いた箇所もある.その他,厳密には「著作者」とすべきだが,「著者」としたところもある.用語は適宜置き換えて読んでいただきたい.

1.医書出版社における電子出版の現況と課題

 電子出版には二通りの意味が込められている.一つは,出版物の制作過程の効率化をエレクトロニクス技術を活用して進めることであり,もう一つはいままでの紙のメディアに対して,CD-ROMなどの電子メディアで情報を提供することである[1].ここではマルチメディアを実現できる情報提供の一形態である,後者の電子出版について,医学書を専門に出版している出版社(医書出版社)における取り組みの現況と課題を述べる.

1-1 電子出版の現況

(1)我が国の医書出版社の場合

 医書出版社27社で構成されている日本医書出版協会では,昭和36年以来,毎年「医学書総目録」を発行している(最新の96年版の目録には会員社27社のほか,非会員社141社の書籍も収載されている).この目録にはじめて「ニューメディア」という分類が掲載されたのが94年版である.内訳はパソコンソフト32点,ビデオ15点,CD-ROM5点の計52点である.従来の書籍以外の分類名ということで,ニューメディアという名称になっている.95年版では計69点のうち,CD-ROM7点,デジタルブック1点で,96年版では計74点のうち,CD-ROM7点,デジタルブック2点,電子ブック1点となっている.医書出版社におけるCD-ROMの第一号は89年に発売された「CD-ROM最新医学大辞典」(医歯薬出版)であり,続いて91年には医学書院の「今日の診療CD-ROM」が発売された[2].また,南江堂も91年に書籍「ベッドサイド泌尿器科学」のCD-ROM版の試作にかかわったが[3],商品としては96年の「CD-ROM皮膚病診断カラーアトラス」が最初である.

 また,新しい試みとして,96年4月からSCN(Sony Communication Network)社と提携し,数社がインターネットのSo-netにホームページを開設した.現在,医学書院,南江堂,医歯薬出版,中山書店,南山堂,薬業時報社がホームページをもち(1996年11月18日現在),書籍や雑誌の情報を提供するとともに,オンラインでの有料情報の提供も開始されている(最新医学大辞典検索サービス).

(2)海外の出版社の場合

 一方,海外,特に米国・英国の医学書を扱っている出版社では,多くのタイトルが電子出版化されている.Mosby-Year Book社は117点(1996 MULTIMEDIA CATALOG;MULTIMEDIA・SOFTWARE),Churchill Livingstone社は51点(1996 Multimedia Catalogue),Lippincott-Raven社は33点(Medical Electronic Media Catalog,1996)のタイトルが各社のマルチメディア用のカタログに収載されている.その他,Blackwell Science社は「Electronic publications in Medicine」,Springer社は「Electronic Media−Internet and CD-ROMs」と題したカタログを出している.このような積極的な電子出版への取り組みの背景の一つとして,出版社が著作権をもっている著作物も多く,その権利を書籍以外のメディアに展開するコンテンツビジネスが容易であることがあげれられよう.

 このように電子出版化が進み,ネットワークが整備されることによって,雑誌のオンラインサービスも進められているが,同時に公共施設(図書館など)における電子出版物の扱いが問題となっている.本年10月上旬にフランクフルトで開かれたブックフェアにおける,stm(International Association of Scientific, Technical & Medical Publishers;科学・技術・医学領域の出版社の国際的な組織)のミーティングでも,電子出版の比重がますます高くなるという予測とともに,これからの図書館と出版社の関係が重要なテーマとして取り上げられていた.

1-2 電子出版の課題−著作権処理を中心に−

(1)デジタル化が著作権にもたらした課題

 1995年2月に発表された,著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループ検討経過報告によると,デジタル化が著作権にもたらした課題が次のようにあげられている[4].

1)大量かつ多様な著作物がデジタル形式で電子媒体に記録され,広範に頒布・流通されることに伴う著作者等の権利の在り方.
2)多数の者の創作的寄与によって作成された著作物についての権利帰属の在り方.
3)著作物を含む大量かつ多様な情報をデジタル形式に変換し,公衆に提供する行為の評価の必要性.
4)著作物の作成等に関するデジタル技術の応用に伴う著作権法上の各種概念の見直しの必要性.

 これらの課題に対して,関係団体での検討が行われており,出版界でも日本書籍出版協会(書協)を中心に,電子出版協会,自然科学書協会などで活発に論議されている.また,WIPO(世界知的所有権機関)では,ベルヌ条約の補完・強化ならびに実演家およびレコード製作者の権利保護強化等のための検討が行われ,1996年12月の外交会議で,WIPO新条約議長案が論議されることになっている.

 書協では,上記の課題の論議を通して,この「WIPO新条約議長案」に関する意見書を本年9月25日に文化庁へ提出した.出版界では議長案に対して賛成の意見でまとまっている.著作権の核である「複製権」について,議長案では「恒久的か一時的かを問わず,当該著作物の,あらゆる方法及び形式による直接的及び間接的複製を含む」(第7条)となっており,デジタル化の著作物の利用の多様性を配慮して,複製の概念を拡大したものとなっている.なお,書協の意見書では,議長案第12条の「制限及び例外」に関連して,既存の国内法第30条(私的使用のための複製)に関する付則第5条の2(経過措置として「専ら文書又は図画」の複製が除外)の廃止と第31条(図書館等における複製),第35条(学校その他の教育機関における複製),第42条(裁判手続等における複製)等の見直しを求めている.

(2)電子出版の制作現場での課題

 医書出版社の電子出版の制作現場の処理を具体的にあげると,次の通りである.

1)素材の著作物の著作権処理(人格権,財産権)
2)書籍のデータの所有権処理(印刷所との関係)
3)制作過程で生じる著作権の処理(オーサリングやデザイン,新たな素材等)
4)著作権使用料(書籍の著作権使用料との関係)
5)電子出版物の著作権の権利帰属と著作権表示
6)ユーザーとの契約(SLA;シュリンクラップアグリーメント)

 電子出版では,書籍に比べて多種多様な処理を必要とする場合が多い.また,書籍・雑誌のコンテンツを利用する場合が多いので,医学書のつくりかたに起因した次に示すような課題がある.

・多人数の著作権処理:編集著作物(いわゆる編集物),共同著作物(共著),結合著作物(分担執筆)が多いため,多人数に対する著作権処理が必要(補遺参照).
・同一性保持への注意:医学用語は水準外の文字表記も多く,また画像の再現性にも十分な注意を払わなければならないので,文字表記やモニターでの画像の確認などについて,著者の理解と協力が必要.
・写真等の著作権処理:転載の写真や図も多いため,電子出版への利用についての原著作者の複製権等の処理が必要.

 電子出版の開発では,異業種との連携がどうしても必要である.最近,印刷所でも電子出版の制作態勢が整いはじめているので,書籍の素材を合理的に活用するうえでも,印刷業界の電子出版への取り組みに期待したい.また,既刊書籍からの電子出版は,新たな著作権処理だけでなく,素材の再収集も必要となってくる場合が多いので,これからは書籍と電子出版の企画を同時に立て,両者を想定した契約を当初から著者と締結することが望ましい.そこで,まず出版における一般的な契約の概要を説明し,現状の問題点と電子出版に対応するための契約のあり方について考えてみたい.

2.出版における契約

 契約とは「一定の法律的な効果を発生させようとする人の人に対するメッセージ(意思表示)が合致することによって成立する,簡単にいえば法律的な効力のある約束」である[5].また,契約は両当事者の意思の合致によって成立するものであり,契約書を作成することは契約の成立のための必須の要件ではない.つまり必ずしも文書を作成しなくとも,いわゆる「口約束」でも契約は成立するということである(将来証明できるかどうかは別.なお,ホワイトペーパーによると,合衆国法典第17巻第204条では,独占的使用許諾は,著作権の譲渡とみなされ,書面でなされなければならないとある[6]).したがって,雑誌などの電話での執筆依頼と受諾は一種の契約成立ということになる.

 契約内容の適法性として,強行法規違反の内容をもつ契約は無効である.強行法規とは,「個人の意思によってその規定の内容を左右することのできない規定」のことであり[7],例えば,「著作者人格権を譲渡する」というような法律的に違法な部分については,契約としての効力は認められないということである.同様に,著作権法第30条の「私的使用のための複製」は強行法規と解釈されており,パソコン通信等の利用契約で私的複製を禁止することはできない[8].この私的使用を定めた条文は,昭和45年に制定された著作権法から,昭和59年,平成4年と一部改正されてきたものの,現在のデジタル情報の時代にそのまま適用できるか論議されている.

 契約が有効であるためには,契約の内容が適法であり,社会的に妥当であることが必要である.出版社が著作物を出版する場合,著作権法に基づいて,次のような方法で著者と契約を締結している[9].雑誌における契約では1)の場合が多く,書籍では2)が一般的である.

1)出版許諾契約:著作権法第63条(著作物の利用の許諾)に基づいて,著作権者から著作物の利用(出版)についての許諾を受ける方法
2)出版権設定契約:著作権法第79条(出版権の設定)に基づいて,出版権の設定を行う方法
3)著作権譲渡契約:著作権法第61条(著作権の譲渡)に基づいて,著作権を譲渡してもらう方法

2-1 雑誌の場合の契約

 商業誌の場合,上記1)の利用方法に基づき,出版者は著者から著作物の特定出版物(例えばX誌のY巻Z号)への掲載許諾を得て,その雑誌への掲載を行うという単純許諾契約が多い.文書による契約は少なく,口頭による場合がほとんどで,原稿を依頼するいわゆる「寄稿契約」の形をとっている.この契約では,その原稿が掲載されるまでは,一応独占できるというのが慣行となっている.また,商業誌に見られる「原稿買い取り」とは,著作物の利用に際して,印税方式ではなく,原稿料として一括で支払われる「支払いの方法」のことで,一般には著作権まで譲渡した契約とは考えられていない(原稿料がかなり高い場合は,著作権が譲渡されたと解釈される場合もある).

(1)投稿規定

 手許にある数誌に記載されている投稿規定の著作権処理についての部分を見ると,次に示すように,非常に簡潔なものが多い.中には,著作権処理について,触れていない雑誌もある.

<学会誌の例>
a)掲載の場合の著作権は××学会に帰属いたします.[化学系/学会誌]
b)本誌に掲載される著作物の著作権は,掲載に当たって××学会に帰属することを前提とする.(以下略).[医学系/学会誌]
c)論文誌に掲載された記事についての著作権は,××学会に帰属する.したがって本会が必要と認めたときは転載し,また外部から引用の申請があったときは本会において検討のうえ許可することがある.[化学系/学会誌]
d)掲載論文の版権は××学会に帰属する.[医学系/学会誌]

<商業誌の例>
e)本誌に掲載された著作物の転載およびデータベースの取り込みに関する許諾については小社にご連絡ください.[医学系/商業誌]
f)本誌に掲載される著作物の複写・転載およびデータベースへの取り込みに関する許諾権は,××が保有します.したがって,複写・転載などの許諾は小社で行います.前項について,著作者ご自身の再使用を拘束するものではありませんが,再使用される場合はご一報ください.[医学系/商業誌]
g)印刷版面を利用して複写・複製(データベース化等の変形使用を含む)し頒布すること,翻訳・翻案・ダイジェスト等により二次的著作物を作成して頒布すること,および第三者に対して転載を許諾する権利は,××に帰属します.(以下略).[医学系/商業誌]

(2)著作権処理の記述の問題点

 上に掲げた投稿規定における著作権処理についての記述には,いくつかの問題点がある.

 1)上記a)〜c)にみられる「著作権は××に帰属」という表現では,著作権の何が帰属するのか不明確ではないだろうか.また,ここに「すべての著作権」という表現を使った雑誌も見受けるが,その場合,本当にすべての著作権(もちろん著作者人格権は含まれない)が学会に帰属されるのだろうか.そのような記述では,「翻訳権,翻案権等」(著作権法第27条)および「二次的著作物の利用に関する原著作者の権利」(著作権法第28条)までは譲渡されないというのが一般的な解釈である.つまり,「著作権を譲渡する契約において,第27条又は第28条に規定する権利が譲渡の目的として特掲されていないときは,これらの権利は譲渡した者に留保されたものと推定する」(著作権法第61条2項)となっているからである.

 2)上記c)の記述では,「引用」もできない場合があるということだが,他の研究者の知的な成果を引用することは学問では必要であり,「文化的所産の公正な利用」として,条件が満たされていれば,「引用」は著作権者の許諾を要しないと考える.

 3)上記d)で記載されている「版権」という用語は,福沢諭吉がCOPYRIGHTを「版権」と訳し,明治8年の出版条例で使われたものである.「著作権」のことであるが,現在の著作権法では版権という用語を用いておらず,誤解を招く表現ではないだろうか.

 4)上記e)〜g)は医書出版社で使われている表現である.転載等について「連絡」すればよい雑誌と,「許諾」を要する雑誌がある.「許諾権(許諾する権利)は出版社が保有」という表記は「著作権の譲渡(一時的)」を意味している.著作権法第63条の「著作物の利用の許諾」は著作権者が有している権利であり,許諾権を行使するためには,その利用の様態にかかわる著作権(例えばオンラインで著作物を頒布するならば,複製権と有線送信権)が譲渡されていなければ行使できないからである.

 医学系の商業誌において,このような投稿規定でも機能できるのは,いままで医書出版社が著者との間で築き上げてきた信頼関係に基づいた「慣行」があるからである.とりわけ速報性を求められる医学系雑誌の場合,著者も出版社も早く公表するということが第一の関心事であったこと,雑誌という一つの出版様態に対して著者と出版社の権利関係で明確に処理できたことが,きめ細かい契約を交わす必然性をもたらさなかった.しかし,電子出版をはじめとするさまざまな著作物の態様が現れると,一つの著作物が多様に利用できるようになり,著者と出版社以外の業者もからみ,複雑な権利関係が生じてきた.とりわけ,出版社が創意工夫した雑誌の組み版面がスキャナなどで簡単に複製され,商業的に利用されようとしていることに対抗するための内容を投稿規定に盛り込む必要があった.これが,「印刷版面を利用して複写・複製(データベース化等の変形使用を含む)し頒布すること」という表現となっている.

(3)著作権処理に関する記述のあり方

 学会誌の場合,依頼原稿は少なく,投稿原稿が主体となるので,雑誌の投稿規定に基づいて著作権処理が行われる.したがって,投稿する研究者は,その投稿規定にどのような著作権上の権利処理内容が盛り込まれているかをきちんと把握しておかなければならない.しかし,現実的には原稿をacceptされる前に,著作権の処理について,投稿者が学会誌側に問いただすことにはためらいがあるので,より具体的な表記が必要なのではないだろうか.なお,商業誌の場合は,執筆依頼の時点で,著作権処理について更に詳しく説明している場合が多い.

 学会誌,商業誌を問わず,投稿規定の記述をもう少し具体的にする必要があるのではないだろうか.例えば,「著作権は,何々に帰属する」というよりは,「××権(具体的に複製権等と表記)を,××年間××に譲渡する(できれば「利用方法と条件」も明示).」とか,「××に関する著作権は発行後×年間出版者に帰属します.出版者はその著作権により,××に関する利用の許諾権を有し,××の許諾はその期間出版者で行います.」など,著作権の譲渡・帰属内容や期間がはっきり著者に理解できる表現の方が望ましいと思う.いずれにしても,双方がいまどのような権利を保有しているのかを把握できる表現が望まれる.

2-2 書籍の場合の契約

 通常,書籍の場合,著作権法第79条に従い「出版権」を設定して出版を行う「出版権設定契約」が多い.そのほか,著作権法第63条に従い,出版者と著作権者との間で,著作権者のもつ複製権を出版という態様での利用について交わす「出版許諾契約」もある.書籍の契約の際,電子出版も包括して,「著作権譲渡契約」を交わすこともあるが,そのような契約はまだ多くない.書籍における出版契約書は書協の雛型を用いており,問題はないと思われるので,ここでは電子出版に関する契約の現状を報告したい.

(1)電子出版の契約の現状

 電子出版に関しては,「出版権設定契約」における「出版」には「電子出版」までは含まれないという解釈が一般的である[5].そこで,次のような契約を締結している.

1)「出版等に関する契約書」として,電子出版に必要な「複製権等の期限付き譲渡」なども盛り込んだ契約を締結する.
2)「出版契約書」の「二次的使用」の条項の記載に「電子メディア」を加えた契約書で締結する.
3)電子出版という利用に限定した契約を別途締結する.

(2)電子出版許諾基本契約書

 日本電子出版協会が契約書の参考として作成した「電子出版許諾基本契約書」では,まず電子出版を「著作物をICカード等の電磁的媒体に固定してこれを複製し頒布することもしくはコンピュータネットワーク等により有線送信することを言う」と定義している.また,著作者人格権の処理について,著作者との間で交わすための「同意書」も参考として作成されている[10].

<著作者人格権の処理に関する同意書>
 「私は,本著作物の著作者であり,本契約に従って甲・乙間において二次的改作物を作成し電子出版を行うことに同意します.甲が行う電子出版物について,著作者として氏名表示をすることを求めません.甲が行う本著作物の電子化にあたって,私の著作者としての思想と異なる利用を行わない限り二次的改作を行うことに同意します」.

 ここには,著作者人格権の「公表権」,「氏名表示権」,「同一性保持権」についての処理が盛り込まれている.しかし,このような不行使特約の有効性については,意見が別れている[11].マルチメディアソフトの開発に素材を利用し,インターラクティブな操作性を加えるところから,素材の改変を広く認めることがマルチメディア産業の発展に質するという観点で,実務上行われている,同一性保持権の不行使特約条項の効力を著作権法上承認すべきという意見もある.

 医学の電子出版では,「氏名表示」は必要だし,「著作者としての思想」という表現だけではなく,「医学的に誤解を生じない範囲での」などの表現も必要だろう.著作権法第20条2項4号によれば,「著作物の性質ならびにその利用の目的および態様に照らし止むを得ないと認められる改変」については,この「同一性保持権」が及ばないとされているが(書籍の用字や用語などの編集作業はこれによる),画像処理においては,「いかに同一性を保持するか」が,ソフトの質の決め手となる場合も多く,単に電子出版の開発を容易にするために,同一性保持権の処理を行うべきではできないと考える.

3.著作権処理に関する具体例

 最後に,著者および出版社に投げかけられている疑問をいくつか紹介し,具体的に著作権処理を考える参考にしていただきたい.

1)商業誌に投稿した論文を自分のホームページに載せたいが,出版社の許可は必要なのだろうか.
2)学会に投稿した論文が学会のホームページに載ったが,図が改変されてしまった.学会にクレームをつけることができるのだろうか.
3)他社から出版されている「××の手技」という書名の書籍をもとに,ムービーを入れたマルチメディアのCD-ROMを作りたい.

 最初の2つは,著者からの疑問で,自分の著作物に対して現在どの権利が法的に,また契約上留保されているかによる.3つ目は,出版社がマルチメディアをつくる上での権利処理の例として取り上げた.

(1)著者自身の著作物の利用に関する著作権処理の例

 1)のホームページに載せるという行為には,著作物の複製権と有線送信権が必要である.単純許諾契約の場合,それらの権利は著者に留保されている.したがって,基本的には出版社はホームページに載せることを拒否はできないが,出版社にしてみれば,少なくとも掲載した雑誌の商業的価値が残っている期間は,ホームページへの掲載を見合わせてほしいところである.なお,著作権譲渡契約の場合には,自分の論文であっても勝手にホームページへ載せることはできない.
 2)のように,複製権や有線送信権が譲渡されている場合でも,著作者人格権の同一性保持権を著者は行使できる.ここではこの改変がやむを得ない改変なのかどうか.また同一性保持権について契約上なんらかの取り決め(特約)があるのかを確認する必要がある.

(2)出版社におけるマルチメディアの著作権処理の例

 マルチメディアを制作し頒布するという行為に対する素材の著作権処理の基本的な筋道を,現行著作権法にてらして考えると,次のようになる.まず,処理の対象は著作物かどうか,著作物ならば何の著作物か,それは保護期間内か,行為を行使するために必要な権利は何か,権利についての契約はどうなっているのか,その権利は誰がもっているのか,どのような権利処理を行うかである.

 3)の場合,他社から出版されている書籍の中身はもちろん著作物(言語の著作物)である.マルチメディア化する素材として本文,手技のイラスト,図表などが考えられる.原著に依拠したムービーを加えたマルチメディアの場合,二次的著作物を創作するいうことになり,ここには,原著作者の翻訳権,翻案権(著作権法第27条)が働く.また素材のテキストをそのまま利用する場合は複製権が働く.したがって,マルチメディアの仕様に基づいて,どのような権利が制作し頒布するうえで必要かを検討し,それぞれの権利の所在を契約書で確認したうえで,権利者から必要な許諾を得るということになる.もちろんこれらは素材にかかわる処理であり,オーサリングなどマルチメディアの制作においても著作権処理は必要だし,完成したマルチメディアの権利帰属も問題となる.それが現行の著作権の「映画の著作物」なのか「データベースの著作物」なのかによって,著作権の帰属が異なってくる.著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループ検討経過報告では,「映画に関する規定の見直し」のなかで,マルチメディアも取り上げられている.

4.まとめ

1)インターネットなどを使って,情報交換・発信できる研究者にとって,著作権法は不可欠の知識となっている.著作権審議会の報告書であげられた課題は一人一人の研究者の課題でもある.著作権に関する情報を研究者に提供することも,これからの出版社の役割であり,それによって,円滑な電子出版への道も拓かれる.

2)世界的に電子出版は市場が拡大しているが,我が国はまだタイトル数も少ない.医学の電子出版には,同一性保持権をはじめ,きめの細かい著作権処理の課題も多い.課題解決のための著者の理解と協力が必要である.また,書籍を素材とした電子出版には印刷業界との連携も重要である.

3)雑誌の投稿規定などに著作権処理が明確に記述されているものが少なく,今後増えていくオンラインサービスなどを考えると,双方がいまどのような権利を保有しているのかを把握できるよう,具体的な著作権の譲渡・帰属内容や期間を明示することが必要ではないだろうか.また著者も,商業誌の経済的な側面も配慮して,自身の著作物の利用を考えていただきたい.

4)書籍や雑誌のコンテンツをもとにはしているが,利用方法・形態が多様化する電子出版では,従来の出版契約では十分に対応できない.ベルヌ条約改正とそれに伴う国内法の改正を受けて,電子出版のための契約のありかたを検討しなければならない.

おわりに

 津野海太郎氏は1996年10月28日の讀賣新聞紙上で30年後の本の形を次のように分類している.

1)いままで通りの本.
2)オンデマンド本.
3)狭義の電子本.
4)オンライン本.

 オンデマンド本とは,大学図書館や学術出版社が自動製版・印刷・製本機能をコントロールするシステムに,必要に応じてオンラインでデータを送り込み,本として手渡すという方法で,アメリカでは実用化されているという.しかし,30年を経なくとも,2)3)4)は統合され,オンデマンドでマルチメディアの電子出版物がオンライン供給されるだろう.そのような将来に向けて,出版社はいま何をなすべきか考えなければならない.

 「万人出版者時代」と言われるが,はたして「公表できるメディアをもつこと=出版者」であろうか.いま,出版社は「紙のメディアは永遠に不滅だろうか」という問いにこだわってはいけない.「紙」も「CD-ROM」も「インターネット」も情報を提供する器なのである.コーヒーにはコーヒーカップ,お茶には茶碗のように,中身にマッチした器を用意すればよいのである.重要な点はニーズにあった「情報」を,その情報を生かせる的確な「メディア」で提供することである.出版社はいままでに培ってきたものをもとに,出版のノウハウを生かせるところは何か,足りないところは何かを時代の中で見極め,新しい情報提供にチャレンジしていかなければならない.

 そのような観点に立って,医書出版社のノウハウを結集すれば,医学の電子出版にも,新しい道が開かれるのではないだろうか.私見だが,例えば次のことは夢のまた夢であろうか.

1)雑誌の電子化とオンラインサービスについて共同で検討を進め,他社の雑誌の情報も見ることができ,かつ統一したインターフェースの「医学総合電子雑誌」をつくる.
2)デジタル著作物の管理用サーバーを共同でもち,著者も出版社も必要な手続きで引用や転載ができる「医学デジタル著作物管理システム」をつくる.
3)研究者と医書出版社が協力して,研究・診療・教育現場でのニーズと出版社の書籍でのノウハウを結集した「医学電子出版研究センター」をつくる.

 将来は,数社のマルチメディアを有機的に結合した世界に誇れる医学のマルチメディアタイトルをつくりたいものである.

* * *
<補 遺> バンクーバー方式

 1978年カナダのバンクーバーにて,International Committee of Medical Journal Editorsが集まって,医学論文の構成,統計処理に関する記載,引用の際の出典の記載等に関する方式(Uniform Requirements for Manuscripts Submitted to Biomedical Journals),いわゆる「バンクーバー方式」が決められた.それによると,
1)研究を立案・企画し,データを分析・解釈する.
2)草稿を記述するか,それの学問的内容を批判的に添削する.
3)印刷・公表する前の最終的原稿を承認する.
のすべてに関与しなければ,著者とは言えないとしている[12].

文  献

[1]白田耕作:「電子出版」,日本電気文化センター,1990.
[2]「特集:医学書」,出版月報,1996年10号,全国出版協会・出版科学研究所.
[3]永田・岡田・高橋・山下・横井他:「CD-ROMによる電子教科書の試み」,第18回日本MUMPS学会予稿集,1991.
[4]「著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループ検討経過報告」,文化庁, 1995.
[5]木村 孝:「コンピュータ・マルチメディアと法律」,トライエックス,1993.
[6]「知的所有権および全米情報基盤」,米国ホワイトペーパー(1995年9月),山本隆司(訳), 著作権情報センター,1995.
[7]乾 昭三編:「民法入門(1)財産法」(新版改訂版),有斐閣,1993.
[8]藤原宏高:「ネットワーク社会のセキュリティ」,ソフトバンク,1995.
[9]「著作権ハンドブック」,著作権情報センター,1996.
[10]日本電子出版協会著作権講座資料:「電子出版許諾基本契約書」および「著作者人格権の処理に関する同意書」,1996年10月,日本電子出版協会.
[11]森綜合法律事務所/モリソン・フォースター法律事務所:「マルチメディアビジネスと法律」,日本経済新聞社,1995.
[12]廣谷速人:「論文のレトリック」,南江堂,1995.