SARSで流れた第15回日中韓産業保健学術集談会 顛末記


                          
                        
 事務局長 等々力英美
                           琉球大学医学部医学科環境生態医学分野
  
 
はじめに
 第15回日中韓産業保健学術集談会は、2003年5月15日から17日に沖縄県宜野湾市で
開催される予定であったが、
SARS(重症急性呼吸器症候群)の感染拡大により中止となり、翌年に
北九州市で再度行うこととなった。今回の中止は、SARSという不可抗力的な理由であったが、長らく
準備に時間を割いてきた我々とって残念なことであった。 


 
本学会の運営組織は、大会事務局を琉球大学医学部医学科保健医学講座(現在、環境生態医学分野
と改称)が担当した(学会会長:有泉誠、学会事務局長:等々力英美)。 3国の学術集談会の事務局の
構成(事務局長:産業医科大学 東敏昭教授、中国側:北京医科大学 王生教授 、韓国側:カソリック
医科大学 李世薫教授)は従来通りである。本稿の目的は、開催中止にいたった経過を記録し、今後の
学会運営のリスク管理の事例として活用頂くことにある。 

開催準備の経過 
 韓日中産業保健学術集談会について、ご存じの方も多いかと思うが、日本、韓国、中国が産業医学、
産業保健学に関する学問的な討論を行い、かつ3カ国の研究者で友好的な対話を深めて親睦を深める
ところに大きな特徴がある。2001年の第13回集談会(北京)から中国が加わり、3国で持ち回り
開催となった。開催学会の名称は、主催国の名称を先頭に、会の名称にある国順に回していくルールと
なっているので、今回の学会名称は「日中韓産業保健学術集談会」となっている。
 
 会場は沖県縄宜野湾市にある「沖縄コンベンションセンター」とし、懇親会はコンベンションセンター
に隣接しているラグナガーデンホテルを予定していた。学会の準備状況は、会場設営の準備は順調に進ん
でいたが、学会の参加登録が当初の締め切り日までに予定の数に達しておらず、特に主催国である日本側
参加者の登録の出足が悪い状況であった。そこで参加登録と抄録の締め切り日を1ヶ月延ばし、国内から
の参加率を高めるための呼びかけに東敏昭教授が中心となって精力的に動いて下さり、最終的に予定して
いた人数を超える盛況となった。
 また中国は、今回日本における開催では初めての参加で、170名余りの多くの方が参加を希望したが、
これには沖縄のリゾート的魅力も一役かっていたのではなかろうか。 中国の参加人数は今後も3か国の中
で最多数となろうが、査証取得に伴う身元保証人などの書類交付のやりとりに時間がかかることが課題で
あろう。 
 
 

   学会ポスターに挿入された日本画「いじゅの花」は、有泉学会長夫人の作品


学会の内容
 学会の参加者は、4月14日までに中国から170名、韓国から40名(当初60名)、日本から80名以上
の参加申し込みがあり、3カ国あわせて290名以上の参加となった。演題数は、それぞれ73題、29題、
43題と期待以上の盛況となった。  

 本学会で予定されていた開催内容は、初日のワークショップ、昨年に引き続き「職業性呼吸器疾患」
(世話人:産業医科大学森本泰夫教授)に続き、2日目は午前中に開会式があり、午後にキーノートスピーチ
と一般口演、ポスター、3日目にシンポジウム、一般口演、閉会式の段取りとなっていた。
 

 キーノートスピーチは、3カ国の直面する課題について、各国から1名の演者の方々に紹介を頂くことに
なっていた。今年は、日本側は今まであまり取り上げられることのなかった物理的要因の中でも、特に振動に
焦点をあて、産業医学総合研究所人間工学特性部主任研究員の前田節雄博士(産業医学総合研究所)に、韓国
からLee教授にお願いをした。 

 シンポジウムは各国の研究状況を紹介する内容で、今年は「中小企業における労働安全・衛生管理」を企画
し、日本側は日本産業衛生学会中小企業問題研究会代表の関西医科大学 徳永力雄教授、韓国はYi氏
(Director, Industrial Health & Environ. Div. Industrial Safety and Health Bureau, Ministry of
Labor)にお願いする予定となっていた。   

 一般演題の内容は、職業性呼吸器疾患、化学物質による産業中毒が全体の47%を占め、その他に、人間工
学、産業保健教育、メンタルヘルス、国際産業保健など多岐にわたっていた。 

 ポスター発表に対しても昨年の釜山の会議と同様にBest scientific poster award, Best poster
presentation award, Most innovative poster awardの3賞を選定表彰することにより、ポスター部門へより
積極的に応募するように配慮した。

学会中止とリスク管理
 第15回日中韓産業保健学術集談会は不幸にして流れてしまったが、その原因の多くがSARSの感染拡大に
あった。今回、国際学会の開催中止の決断を下す際の貴重なリスク管理の経験をさせていただいたと思う。 
集談会の中止に到るまでの経緯を述べてみたい。 

 4月初めまではSARSが開催中止の大きなリスクになると、日本側事務局では考えていなかったのが実情であ
る。しかし、4月4日から福岡で開催された日本医学会総会に、本集談会の日本側代表、大久保利晃産業医科大
学学長が出席され、トロントで開催予定の米国癌学会(AACR)がSARSのために急遽中止になった情報をもたらさ
れ、東教授に伝えた事が中止に向けての発端だったと思う。 AACRは4月5日から9日まで開催される予定だった
が、土壇場になって大規模な学会が中止になった意味は大きいと感じられた。日本からも数百名規模の参加者
があったようで、中止に伴う混乱も大きかったようである。
 
 事務局側でSARSの感染状況に関する情報はこの時点でほとんど入手しておらず、開催中止の考えはなかった
ように思う。SARSの感染の拡大と深刻化は我々に十分に伝わっていなかったが、事実関係を把握することが重
要と考え、東教授をヘッドにして出来ることから手をつけ、(1)短時間に広範囲の情報を収集する。(2)
厚生労働省をはじめとする関係諸機関との協議相談を行なう。(3)以上の結果を踏まえ、中国、韓国の事務
局長と協議をする。(4)万が一、開催の可能性もこの時点ではありうるので、沖縄の保健衛生関係の行政機
関にも緊密に連絡を取る、という方針を出して、産業医大と琉球大の各事務局で分担して対処することにした。 

 情報収集は東教授ルートによる中国に進出している日本企業から得られた情報と、琉球大学事務局で收集し
たインターネットによる情報が有効であった。 両ルートから得られた情報をまとめてみるといずれも開催に
否定的な内容が大半であった。 4月8日の時点で、中国側のSARS感染者数の実数が、実際の患者数とかけ離れ
たものであることは知るよしもなく、わが国の厚生労働省も中国からの入国者に対して規制出来る状況にはな
かった。 中国衛生部が北京におけるSARS感染者数を今まで発表してきた数字の9倍に上方修正したのは4月
20日であった。

  開催中止を最も結論付けた情報は、現地駐在の日本企業からの情報と、SARSで中止・延期となった医学関連
の国際学会の数であった。  

SARSにより中止・延期となった医学系国際学会(2003年4月8日現在)
中止

アメリカ癌学会(AACR)トロント(4/4-) (その後、Washington DCで開催)
アジア太平洋消化器病学会 シンガポール(4/12-16)
国際内視鏡学会 台北(5月)
延期
国際催眠療法学会 シンガポール(8月) 
アジア太平洋インターベンショナル心臓病学会議 北九州(4/24) 
 
 さらに、中国側からの参加予定者は4月8日の時点で174名の申し込みがあり、中国側の参加者の出身地リス
トを下記に示した。中国の感染者発生のハイリスク地域である北京、広東省地域からの参加者が約46%を占
めていた。

*中国参加予定者の出身地の分布
【省、市 / 人数】
吉林省  2
長春市  1
石家庄市 2
北京市 55
天津市  6
太原市  1
山東省  6
青島市  2
河南省  4
湖北省  3
上海市 26
四川省  1
折江省 13
広東省  9
佛山市  4
広州市 11
中山市  2
(台北市)1
その他 25
合計 174
 
 韓国側の参加者も例年より少なく、さらにSARS感染の拡大のため参加取り止めの人数が増加しつつあった。
日本側の事情をみると、東京サイドでは、開催中止に対して慎重にするべきであるという意見もあった。その
理由としては、中国側がSARS汚染の拡大の発表をしていないことと、日本の厚労省も渡航自粛勧告の措置をと
っておらず、開催中止とする理由を出しにくいことにあった。

 一方、沖縄県サイドとしては、リゾート地でもあり、万が一、感染者が1人でも出た場合、その影響による
観光分野での経済的打撃は大変大きく、取り返しのつかない状況になるものと予想された。これはあとで台湾
の医師であるSARS感染患者が、旅行した行程にあたった関西地区の観光地は大きな影響を受けたことからも裏
付けられたと考えられる。 

 開催中止に到るおおよその結論を出したのは、米国癌学会の中止の情報が入った4月4日の4日後の4月8日の
時点で、学会の実施はほぼ困難という判断を下していた。開催中止の最終決定は3国間の協議の上、4月14日に
発表したが、前もって日本側の学会会員及び学会出席予定者へは、開催保留の内容でe-mailを出しておいた。
開催中止の通知文(和文と英文)はメールと書面にて14日以降に順次発送した。
 
学会中止の事後処置
 学会を中止にするとしても、事後処置が大きな課題である。この学会は3カ国の事務局で学会に関する最終的
な取り決めを協議運営するという形式を取っている。開催中止までの決定も3カ国間の協議で決めた。3カ国
協議と大会規模のわりには短時間で結論が出たが、これもメールと携帶電話を使うことで3国の事務局長同士
の意思の疎通が速やかに行なえたことが大きかった。

 さらに、怪我の功名ともいえるのだが、本学会の特徴でもある参加費の学会当日に支払うシステムのおかげ
で、学会中止に伴う払い戻しなどの処理を行なう必要がなかった。また、中国、韓国の参加予定者が4月の初め
になっても確定せず、学会会場や懇親会場の正式契約が終わっていなかったので、ペナルティを課せらずにす
んだことも幸いであった。 

 今後の学会については、(1)第15回会議は延期とし、2004年に日本において開催する、(2)送られてきた発
表抄録については、コンパクトディスク(CD)に焼き付け、参加登録者に限定配布する、(3)本学会の投稿
演題のリスト、予定されていた学会プログラムをホームページを設けて公開する、といった対応をとることに
なった。
 
まとめ
 沖縄における2003年度の第15回日中韓産業保健学術集談会は、以上のような顛末で開催が中止となったわけ
だが、SARSによる感染の広がりが大きな国際問題となり、本学会だけではなく多くの国際学会も中止、延期の
憂き目にあっている。沖縄で行なわれる学会としては規模も大きく、参加者はじめ関係者の期待も大きかった
だけに、開催中止はやむをえないこととはいえ誠に残念なことであった。しかし、今から振り返ってみると、
4月8日の時点で開催中止の結論を下さなかったとしたら、事態はさらに悪化していたであろう。まさにぎりぎ
りの選択であった。 

 今回の教訓としては、(1)短時間に的確な情報を收集すること。(2)日常を通じて、3カ国の事務局長
の信頼と意思疎通の必要性があること。(3)優秀な事務局のスタッフに恵まれること。(4)早い期間に結
論を下し、関係者に通知することなどが挙げられよう。おかげで、大会中止によるクレームは3カ国から、ほ
とんどなかったように思う。 

 沖縄で中止となった第15回日中韓産業保健学術集談会は、来年度も日本(北九州)で開催の予定である。来年
度の学会も多くの日中韓の方々に参加していただき、3国の産業保健の抱える諸問題について活発な討論を期
待したい。 


        
産業医学ジャーナル国際学会ニュース(Vol.26 No.5 平成15年9月号)より引用